「お前、それは本当にルビーなのか?」
トランスがあきれ顔だった。
「本当よ。昨日、酒屋のおばさんがこの宝石の名前を教えてくれたんだもん。昨日までは確かに赤かったの」
信じられなかった。宝石の色がぬけるだなんて。
「昨日のうちに、誰かにすり替えられたのではないか?」
そんな人がいるわけがない、トランスの言葉にそう反論しようとしてルーディーは言葉につまった。
一人だけ寝ているルーディーに近づけた者がいたことを思い出した。
昨晩、彼女はルーディーの話を親身になって聞いてくれた。自分に「生きろ」と言ってくれた。
それにあんなに心に響く歌を歌うのだ。
「……そんなことない」
ルーディーはこぶしを握りしめた。
アズがそんなことをするなんて信じたくなかった。
「ルーディー、ちょっとこの指輪見せて」
ルーディーの指輪と自分のチョーカーを見比べていたチャンは、ルーディーの指からするりと指輪を抜くと、
昨日の酒屋の奥さんと同じように指輪の鑑定を始めた。ただ一つ違ったのは、チャンの場合、
自分の腰についているポーチから小さなペンライトを出して、その光を指輪に当てていたことだった。
「困った……」
「どうだったんだ?」
「本物なのに色がぬけてる。この指輪にはルビーがはまっているはずなんだ」
トランスは不振そうな顔をした。
「宝石の色がぬけるわけがないだろう」
「だから困ってるんだよ」
チャンは机に突っ伏した。
「本物によく似せられた偽物という可能性はないのか?」
「ほぼない。よく見てて」
チャンは片手で影を作り、先程出したペンライトの光を自分のチョーカーのルビーに当てた。
光が当たったルビーの中に、ほんのりと像のような物が浮かんでいた。
「このチョーカーは月の光を当てると、こういうふうに家紋が浮かび上がるんだ。このペンは人工的に月の光と同じ波長の光を出してる。
ルーディーのもそうなってるんだよ」
今度はルーディーの指輪にペンライトの光が当てられた。
チャンのものとは違うが、確かにうっすらと像が浮かび上がった。
「これは特定の職人によって特殊な技術で作られてるんだ。だから、宝石の色がぬけたとしか考えられない」
「じゃあ、なぜそんなことが起こったんだ?」
「わからない……」
チャンはルーディーに指輪を返した。
「それに、すり替えてまで盗むんなら、あらかじめ赤いガラス玉のはまった指輪を使うんじゃないの? そうじゃなきゃ、
いつすり替えられたのかすぐわかるし、犯人もすぐばれる」
「それもそうだな」
ルーディーは自分の指輪をまじまじと見た。
指輪の色がぬけたことは大事であるが、アズがすりかえたわけではないことがわかって安心した。
チャンがチョーカーを首につけ直すと、ちょうど料理が運ばれてきた。
チャンの目の前に置かれた料理を見て、トランスが表情を曇らせた。
「チャン、何を頼んだ?」
大きな皿に味つきライスと肉、サラダがこんもりのっていた。
チャンはにんまりした。
「味つきライスコンボF――その正体は、ファミリー用ランチセット」
皿に様々なものが盛ってあって、家族で好きな物を取り分けて食べるというものだった。一皿で約三人前あり、
小さな子供のいる家族には人気があった。
「ちゃんと一品だからな。ほら、オレって細いし、もっと成長しなきゃだから食べなきゃなんだよ」
トランスは聞いているのかいないのか、自分の料理を口に運んでいた。
ルーディーも自分の料理に手をつけた。いわゆる家庭の味というものに近く、店が繁盛しているのもうなずける。
「ねえ、チャンはさっきルビーの中に彫られている像は特別な職人だけの技だ、って言ったでしょ?
この指輪ってそんなに特別な物なの?」
チャンの手が一瞬止まった。
「ルーディーってその指輪について何も知らない?」
「サカキ族のお守りだ――って」
祖母は指輪をくれる時にそう言っていた。ルビーの希少性だとか、
ルビーには細工がしてあるなどということは全く聞いたことがない。
「なんだ、知ってるじゃん」
「でも、それがどういう意味だかは知らない」
「その言葉の通りだよ。オレのチョーカーも、ルーディーの指輪もサカキ族に代々伝わる一族の証」
チャンは再び食事にがっつきだした。
「それって、代々さかのぼるとチャンと私は親戚ってこと?」
「まあ、そういうことになるかな」
ルーディーはチャンのことをよく観察してみた。チャンの黒い肌に比べ、自分はどちらかというと白い。髪の色も、
顔立ちも自分とはあまり共通点がなかった。当然といえば当然のことなのだろうが。
「で、サカキ族とトランスの所に連れてってもらうこととどう関係あるの?」
「お前には関係ない」
トランスのあからさまに迷惑そうな言い方にルーディーはむくれた。
「お前は何にでも首を突っ込みたがる癖があるな。世の中には知らない方がいいことがある。
下手に首を突っ込んでも身を滅ぼすだけだ」
トランスの言うことは正しい。確かに、ルーディーは色々な物事を知ろうしすぎて失敗したことが何度もある。
ルーディーは仕方なく、それ以上聞くのをやめて食事に専念した。
食事が終わる頃、トランスはポケットから簡易地図を出して広げた。
「……で、決めたか?」
決めた、とは多分ルーディーがどこに行くつもりであるかということだろう。
地図をのぞき込むと、トランスが広げたものは比較的広範囲にわたる地図であることがわかった。
「できるだけ西に行きたい」
「西とだけ言われてもな。具体的には?」
「どこでもいい。通り道でいいから、ここより西にあってできるだけ大きい街」
車はルーディーが住んでいた街からずっと西へ走ってきている。この街からは東か西へしか行けないから、
トランスはこれから西に行くに違いない。
「そうすると……ここだな」
トランスが指さしたところには、『シュリンク』と書いてあった。
行ったことはないが、世界で有数の大都市だ。車をとばせば今日中には着くだろう。
「うん、ここでいい」
「じゃあ、決まりだな。オレはこれからちょっと用事があるから、しばらく二人で街でも見学していてくれ。
一時間後に車のところまで来てくれればいい」
トランスは伝票をつかむと、店から出ていった。
「じゃあ、私達も行こっか」
二人は店を出ると、商店街の方へ足を運んだ。
チャンは周りをキョロキョロしながら歩いていた。その数歩後をルーディーはついていった。
ルーディーは祖母の言っていた『聖地』に行ってみようと考えていた。
祖母の話だと『聖地』は西の果てにあるとういことだ。
だから、行き先も西ならどこでもいいと言った。すぐに『聖地』にまでたどり着けるとは思っていない。
働いて金を貯めては少しずつ西へ移動して行けばいいだろう。
まずはチャンに『聖地』のことを聞いてみようと思った。
一般に東に住む民族ほど肌の色は白く、西へ行けば行くほど肌の色は黒くなっていく。
チャンは西の方の出身に違いない。
それに、先程の会話からチャンの方がルーディーより政府やサカキ族について詳しいことは明らかである。
彼は『聖地』についても何か知っているはずだ。
ルーディーがチャンに声をかけようとした時、チャンは急に立ち止まった。
「あっ! ラッキー。コイン見っけ!」
チャンはかがんで地面に落ちていたキラリと光る物を拾った。
ルーディーはチャンより前に出たところで立ち止まった。
「よかったじゃない。いくら?」
「二シェン」
だいたい、ジュースやアイスが一個買える値段だ。
チャンが立ち上がったのを見て、ルーディーは再び歩き始めようとしたが、服の裾をチャンにつかまれた。
「何?」
「こ、これ……」
チャンはルーディーの足下を指さしていた。しかし、何も変わった物が落ちているわけでもなかった。
「何もないじゃない」
「そうだよ、何もないんだよ」
冗談を言っているのだろうか、この子は。
「で、何もないことがどうしたの?」
「ルーディー、本当に気付いてないの? 影、影だよ。ルーディーの影がない!」
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朱き月の民