き月の民
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プロローグ
 祖母は占いが得意であった。占いの際に道具を用いていなかったから、正確に言うと予知能力があったのだろう。
 おばあちゃん子だった私は祖母に次の日の天気やその日の運勢を占ってもらうのが好きだった。
 あれは十歳の時だったと思う。
 私は祖母にその日の運勢ではなく、自分の人生を占ってほしいと頼んだ。
 祖母は私の中に秘められているものを探るように、私の目をじっと見つめた。そしてたった一言、こう言ったのである。
「悲しいときは月に願いなさい」
 当然ながらその結果に不満だった。私が占ってもらいたかったのは、将来どんな仕事について何歳になったら結婚できるとか、 子供は何人できるとかそういったことであった。まわりの女の子と同じように温かい家庭に憧れていたのである。
 こんなの占いにすらなっていないじゃないか。
 頬をふくらませて文句を言うと、祖母は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「そうだ、聖地の話をしてあげようか」
「せいち?」
 祖母は明らかに話をはぐらかそうとしたのだが、幼かった私がそんな思惑に気づくはずもなかった。
 祖母はもともと皺の深い顔をさらに深くした。孫が自分の思惑にまんまとひっかかったのが嬉しかったのかもしれない。それとも、 聖地とやらを懐かしんでいたのだろうか。
「そう。聖地は私たちサカキ族の故郷。おばあちゃんは聖地の生まれではないけど、小さい頃ずっとそこで暮らしていたの。 聖地はとても平和でとても素晴らしいところ」
 祖母は聖地の環境、生活についてわかりやすく説明してくれた。私は占いのことなど忘れて祖母の話に引きこまれていった。
 当時の私にとって「素晴らしい=自分にとって楽しい」であったから、そこに行きたいと思ったのは当然の話だった。
「それってどこにあるの?」
「西だよ。お日さまの沈む方」
「どれくらい西?」
「ずーっとずーっと西。西の果てにあるんだよ」
「行ってみたいなぁ」
 祖母は微笑んだ。
「そうだね。一生のうち一度くらい行くといいかもしれないね」
 聖地の話を聞いて目を輝かせている私を見て、祖母はふと思い出したかのように手を打った。
「ルーディー、いいものをあげよう」
 祖母はいつもはめていた指輪を抜いて私の手にのせた。金の太いリングに何か文字のようなものが掘ってある。そして、 リングの太さと同じ直径の赤い石が填っていた。
「赤い石の指輪だ!」
 この世で、天然で赤いものは珍しい。人の習性として珍しいものには惹かれる。子供ならなおさらだ。 祖母がしていた赤い石の指輪をまさが自分がもらえるとは思ってもいなかったのだ。
「サカキ族に伝わるお守りの指輪だよ。これは今までおばあちゃんのことをずっと守ってくれたの。 これからはこれがルーディーのことを守ってくれるよ」
 さっそく自分の指にはめてみたが、大きすぎてちょっと指を動かすと抜けてしまいそうだった。 それでも光にかざした石の赤い色がきらきらと輝く様子は今でもよく覚えている。
「お守りだからいつも身につけていなさい」
 祖母の言いつけを聞くまでもなく、いつも身につけているつもりでいた。 それは祖母からもらった大切なものであるということもあるし、アクセサリーを常に身につけるということに憧れを抱 いていたからでもある。
 私は、特に深く考えようとしなかった。
 サカキ族とはどういう一族なのか、祖母は何故大事な指輪を私の弟妹でもなく、まして両親でもなく私にくれたのか。 そして、占いから聖地の話へはぐらかしたのか。

 今になって思う。
 祖母はあの時あえて占いの結果を言わなかったのではないか、と。

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