年の季節
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 「背が高くて、比較的女子受けする顔立ちの(これは俺の皮肉だ。要するにかっこいいということ) 鳴海君」と「元気で明るい伊達さん」はベストカップルだとあちらこちらでささやかれた。
 男子は慎也のことをひがんでみたりしたが、 心の半分は二人のことを認めているのは明らかだった。誰もが自分では敵うはずないと感じていた。 中には「あの二人はいずれ付き合うと思っていた」と言い出す人まででてきた。
 そう言う人達の頭の中には俺の存在などまるっきりないんだろうな。
 これでも遥香の幼なじみで、今まで三人で仲が良かったのだから噂の中に俺の名前も出してほしかった、 というのが本音である。
 慎也は遥香のことばかりを喋るようになった。 遥香が言った言葉や、興味のあるものなど半分は俺も知っている話だった。 これは予測していたことだし、別に構わなかった。
 だけど、遥香が慎也の話をよくするようになったのはショックだった。 初めて出来た彼氏で浮かれているのは分かっていたから多少は慎也の話題が出てくる ことは覚悟していたけれど、事あるごとに「慎也が……」と言われるとは思ってもいなかった。
 そのうち、三人でいる時間が少なくなってきた。俺が二人を避けるようになったからだ。
「私たちに気を遣わなくていいんだよ」
と遥香は言っているけど、俺は気を遣っているわけではない。
 好きな女の子が自分の目の前で彼氏と仲良く喋っている所を見ていられる男がいるだろうか?
 世の中にはそういう人もいるのだろうけど、俺はそんなに大人でも寛容でもなかった。
 俺は小学校からのつき合いで、前から比較的仲の良かった武藤達とつるむようになった。 こういう時、自分が男でよかったと思う。女子だといろいろ面倒なことになる(らしい)からだ。 遥香と慎也のことは有名だったから向こうも積極的に俺のことを仲間に入れてくれた。
「あんなによかったお前でも、あの二人の間には入れないんだ」
 ある日、武藤が感心してそう言った。
「そうなんだ、俺にも入れたもんじゃないよ」
 冗談交じりにそう答えたけど、実際は俺だから入れなかったのだと思う。 それとも、俺と同じ立場にいる人はみんなこうなのだろうか。
「へえ。お前も大変だな。じゃあ、これからも今みたいに中途半端な関係を続けていくのか?」
 顔を合わせれば普通に喋るし、今まで通り教科書の貸し借りもしていた。 だけどそれ以外は全く別行動だった。武藤曰く「他人以上友達未満」 という中途半端な関係。武藤は俺を心配しているとか、 前みたいに三人で仲良くしてほしいとかそういう意味ではなく 、純粋に思ったことを言っているようだった。
 武藤が言うように俺もこんな関係のまま中学を卒業していくのだと思っていた。

 二人が付き合いだして一ヶ月くらいたった頃だった。
 塾から帰ってくると、うちの玄関前に遥香が立っていた。
「おかえり」
「ただいま、何か用?」
 我ながらかなり冷たい言い方であった。 遥香は俺の答え方にむっとして、俺の前にずかずか歩み寄った。
「何で避けるの?」
「別に。避けてなんかない。」
 不自然に即答だった、と言ってから気付いた。
「表向きでしょ。前と同じように喋ってるように見せかけてるだけじゃない。 だって、私達と全然目を合わせてくれない」
「遥香の気のせいだ」
 俺が遥香の横をすり抜けてそのまま家の中に入ろうとしたら、彼女に腕を強くつかまれた。 しょうがないから彼女に背を向けたまま立ち止まる。
「私だけじゃない。慎也も気付いてる」
「……」
「前にも私達に気を遣わなくていいって言ったよね」
「何が言いたいんだよ?」
「今までみたいに三人で仲良くしようよ」
「俺のことなんか気にしないで慎也と二人で仲良くしてればいいじゃないか」
「何でそういうこと言うの?」
「お前達みたいにベタベタしてるの見てるとイライラするんだよ」
 俺の腕をつかむ遥香の腕が少しゆるんだ。
「ごめん。これからは気をつける」
「そういう事じゃないんだよ。お前達と一緒にいて俺を惨めにさせないでくれ」
「それ、どういうこと?」
「俺はっ……」
 自分の言おうとしたことに、ハッとして口をつぐむ。
 遥香の手を振りきって自分の家に入って玄関の鍵を閉めた。
「逃げないではっきり言ってよ」
 外で遥香がそう言うのが聞こえた。俺は何も答えなかった。
 それ以上遥香は何も言わなかった。しばらくして彼女の家の玄関の閉まる音が聞こえた。
 俺は遥香が好きだ
 そう言おうとして、結局言えなかった。
「何をしているの?」
 玄関に突っ立っている俺を見て、不思議そうに母親が言った。
「別に」
 俺は階段を上がって自分の部屋に入ると、鞄を放り投げてベッドに仰向けに寝転がった。
 今は何も考えたくなかった。


 翌日、表面上はいつもと変わらない生活を送った。 ただ昨日までと違うのは、学校で遥香を見かけても気付かない振りをしたことである。
 それは遥香も同じだった。 明らかに俺と眼があっても彼女は何も見なかったのようにふるまっていた。
 放課後、俺は図書室で時間をつぶした。
 本を読んでみても、全く集中できなかったが今帰るわけにはいかなかった。
 遥香達は授業が終わってからすぐ帰ることもあれば、 しばらく教室で喋ってから帰ることもあって下校時間がまちまちだった。 タイミングをずらして帰ったつもりでも鉢合わせになることが少なくなかった。 そういう時はたいがい三人で帰るハメになる。俺が逃げようとしても遥香がそれを許さなかった。 俺のことを放っておくと思っていた慎也まで「せっかくだから一緒に帰ろう」と言ったりした。
 今日だけは絶対あの二人に会いたくなかった。
 ふと時計を見るとちょうど五時半になろうとしていた。
本は二時間半で五十ページも進まなかった。いくらなんでもこの時間なら、 あの二人も学校を出ているだろう。
 俺はゆっくりと昇降口に向かった。
この時間だと校舎内にはほとんど人がいない。 すでに下校してしまったか、部活に励んでいるかどちらかだ。
 靴を履き替えて校舎を出ようとしたら、 入り口の所に人が立っていた。逆光になっていて顔ははっきり見えなかったけれど、 姿格好から慎也だと分かった。俺は慎也にかまわずそのまま帰りたかった。だけど、 慎也は入り口をふさぐようにして立っていた。どうしても俺を捕まえる気らしい。
「よう」
 靴を履き替えていると慎也は近づいてきた。
「遥香と帰らないのか?」
「ああ、遥香は引退してから久しぶりに部活に顔を出すって。どうせだから一緒に帰ろうぜ」
 慎也は校門に向かって歩き出した。俺はその数歩あとをついていく。
「ずいぶん遅かったな」
「図書室にいただけだよ」
「弘ってば冷たいね。せっかくお前を待っていてあげたのに」
「待っていてくれなんて頼んだ覚えはない」
 少しきつい言い方になった。
「いくら遥香とけんかしたからってそんなにかりかりしないでくれる?」
 慎也は急に立ち止まって振り返った。薄ら笑いを浮かべている。
 慎也との距離を保ったまま俺も立ち止まる。
「お前には関係ない」
「そうか? 十分関係あると思うけど。 少なくとも俺は遥香がお前の話をしなくなると思うだけで嬉しいよ」
「ならそれでいいじゃないか。もう俺に関わらないでくれ」
 俺は再び歩き出した。急いで歩いたつもりだったけれど、すぐに慎也に追いつかれた。 悔しいが、俺と慎也では足の長さが違うのだ。
「勝手にひがまないでくれる?」
「ひがむ? 何を?」
 俺は慎也の方を見ないで歩き続けた。
「俺が遥香と付き合ってること」
「ひがんでなんかいないよ」
「嘘つくなよ。今みたいに人のこと避けたりしてさ。 俺と遥香が仲良くやってるからって迷惑そうな顔するなよ。自分は告白する勇気もなかったくせに」
 今度は俺の方が立ち止まった。慎也の顔を見る。今日初めて彼の顔をまともに見ていた。 眼を細めて口元が笑っていた。完全に人を馬鹿にしている顔だった。
 とっさに声が出なかった。ただ、自分の顔が熱くなるのが分かった。
「俺、弘が思ってるほど鈍感じゃないんだよね」
「知ってて協力しろって言ったのか?」
 よく言ったもんだ、「俺の恋が叶ったら、お前にも協力してやるよ」だなんて。
「そう言ったら、お前どうするかなって思ったからな。相変わらず、 勇気のない弘君だったけどな。一緒に帰ったときも一人でイライラしていたし。 なら始めから言えばいいのに、遥香のことが好きだって」
 こいつは全部分かっていてやっていたのだ。
「俺のこと、からかっていたのか?」
「からかう? 人聞きの悪いこと言うなよ。確かに楽しかったけどな」
 楽しかった?
 俺はとっさに慎也を殴っていた。体格が違ったから慎也はよろめいただけだった。
「ああ、楽しかったろうな。俺が告白できないのを知ってて、 わざと見せつけるようにして遥香を彼女にしたんだから。人の信用を簡単に裏切って。 あきれたよ。お前なんか親友じゃない!」
 慎也が俺の胸ぐらをつかんだ。俺をつかんでいる腕が小刻みに震えていた。 俺は慎也を睨んだ。いつも、ふざけているような顔しかしていなかった慎也が真面目な顔をしていた。 こんな真剣な慎也を見たのは彼と出会って以来、初めてのことだった。
「何ソレ?」
 一言一言はっきりと、静かな声で慎也は言った。
「お前は俺のことどれくらい分かってるんだよ?  俺はいつでも自分の意見をはっきり言ってきた。お前はそれを勝手だとか思ってたんだろ?  なのに、自分のことは分かってもらえてないって思ってる。自分からは何も言わないくせに。 信用してないのはお前の方でしょ?」
 何も答えられなかった。図星だった。
 遥香に告白する機会は何度もあったのに、臆病で何も伝えられなかった。それを、 いとも簡単に告白して遥香と付き合うようになった慎也を俺はひがんでいたのだ。 慎也が俺をだましたのも、俺の性格や考え方を見抜いていたから出来たことだった。 俺は自分のことばかりで慎也のことが何も見えていなかった。 慎也のことをいつも勝手なことを言う奴だと思っていたけれど、勝手だったのは自分の方だった。
 すべて慎也の言うとおりだった。
 慎也は俺を突き飛ばすように、両手を放した。ドサッと俺はしりもちをついた。
 慎也は俺を一瞥すると何も言わずに校門を出ていった。
 俺はその場を立つことも出来なかった。
 アスファルトに手をつきながら慎也の去った方をじっと見つめていた。
 俺の左頬に一筋の涙が伝った。

 それから俺達は赤の他人になった。慎也と話すことは一切なかったし、 目を合わせることもなかった。三人とも別々の高校に進学した。
 遥香とは家同士のつき合いがあったから少しずつだけど前のように喋るようになった。 ただ、昔のようにお互いの家を自由に行き来することはなくなったし、 会話の中に鳴海慎也の名前が出てくることはなかった。


「お、ここだぜ」
 飯を食う、と言っていたはずなのに武藤が立ち止まったのはどう見ても居酒屋だった。
「安心しろ。俺と鳴海はもう成人だから」
 大学生になれば酒を飲むのは当たり前のことだ。 俺も未成年だけど、コンパに行けばそれなりに飲んでいる。 しかし、武藤の中では俺はまだ真面目な優等生らしい。
 武藤はガタガタいう扉を開けて暖簾をくぐった。
 慎也は俺を見てなんというだろう?
 そう考えると気が重かった。そもそも、俺はあれからあの二人がどうなったのかを知らない。
 俺は握り拳に力を入れて武藤のあとに続いた。
 店内にはぱらぱらと客が入っていた。
 武藤は店内の隅にいる十人前後のグループに声をかけた。
「遅れて悪りい。その代わり、珍しいものを捕まえてきたぜ」
 そこにいたグループが一斉に俺の方を見た。どれも中学時代の懐かしい顔だった。
 中学の頃に比べ顔が大人びているが、みんな昔の面影を残していて誰が誰だかわかった。 少なくともこのメンバーでは武藤が一番変わっているようだ。
「おお! 珍獣だ」
「武藤、よく捕まえてきたな。このハンター桜井でさえ捕まえられなかった奴を」
「お前国立行ってるんだろ? 専攻は何だ? 話聞かせろよ」
「お前酒飲めるか? 飲めなくても飲めよ」
 みんな一斉に喋るから、誰が何を言っているのかよく分からなかった。
 ただ、自分は珍しがられていて歓迎されていることはわかった。
 一人一人と軽く挨拶を交わしてから、 最後に俺の立っている所から一番近い席でジョッキのビールを飲んでいた奴と目があった。
 そいつは整った顔をしていた。細身のわりに体格がよく、座っていても背が高いことが分かる。 明るい茶髪を短く切り揃えていて、左耳にピアスをしていた。
「よお」
 鳴海慎也は俺に向かって軽く右手を挙げた。
 彼の挙げた手の薬指に光る指輪は先日遥香に会った時、 彼女がしていたものと同じものだとすぐに気がついた。
 勝手に自分の口元がほころんだ。
 よく続いているもんだ。
 ということは元々自分の入る余地はなかったのかもしれない。
 あれから四年経って記憶が薄れてきているからだろうか。 それとも俺が少しは大人になったからだろうか。 今はそれを見ても何とも思わなくなっていた。
 それどころか、あんなふうに慎也とけんか別れしたことを馬鹿馬鹿しいと思えた。
 あの日から遥香の口から慎也の名前は一言も出たことがないから、彼が この四年間をどのように過ごしてきたのかは全くわからない。
 今日は思う存分慎也と話してみよう。慎也の口から遥香のことを喋らせるのも面白いかも しれない。
「久しぶり」
 俺はあの日以来初めて慎也の目をしっかりと見つめた。そして彼の前の席に腰を下ろした。


〜ハンター桜井って誰だよ? という疑問を残しつつ、あとがきっぽいもの〜
 この話は私がまだまだ10代の頃に清書したもの。当然一部加筆修正。
 主人公、あまり大衆ウケしない性格だと思います。でもですね、 誰でも(?)そういう暗い部分って持っていると思うのです。それを敢えて浮きぼったまま 書かせて頂いたつもりです。現代小説に関しては、できるだけ実際にいそうな人物を書くというのが 私のテーマの一つです。難しいですけど。
 ここからは制作秘話。もともと男女三角関係の話を書くつもりででしたが、ストーリーがかなり 変わりました。。古い設定から並べていくと、慎也と別れた遥香が弘に会う所から始まる→ 同窓会の時に23,4になった3人が集まる→街中で慎也に声を掛けられる→現在。 3つ目から現在は書いている途中だったので、冒頭部分はほとんど書き直した記憶が。
 他にも、一方的に弘が慎也のことを嫌っていた説、遥香は実は 弘が好きだった説、慎也はもっと鈍感な性格だった説等々。内容以外にも紙に下書きの時点で弘の一人称は 「僕」だったり(もっと女々しい性格だったのですよ!)。
 一番辛かったのはタイトルでした。ギリギリになって最後のシーンで「俺も若かったんだな」と 哀愁漂う(?)弘を想像してこじつけました。
 改稿したいけど、当分はあえてこのままでとっておきます。

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