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独りごちる午前

 その白くて細い腕に針を刺すと、スピッツ内が赤い液体で満たされた。
「よろしくお願いします」
 ベッドに横たわる女性に向かって、私は力強く頷いて部屋を出た。スピッツが割れないようにケースに入れて走り出す。
 どうか、間に合いますように。
 このたった一本のスピッツ、即ち患者の血液が日本の運命を大きく変えるのだ。全国を襲う未知の病を治す鍵として。
 突然、目の前に黒塗りの車が停まった。後部座席から太った壮年の男が現れる。
「探しましたよ。その肩に掛けているケースをいただけませんかね」
 無言で男を睨みつけた。肩のストラップを握る力が強くなる。
「困りましたなあ。交渉決裂となりますと力ずくになりますが」
 気づくと、黒スーツの男達に取り囲まれていた。
 何が何でもスピッツを渡すわけにはいかない。
 私は背中にじわじわと吹き出る汗を感じながら、脳をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考えた。

 ……イマイチだな。
 私は簡易ベッドに寝転がると嘆息した。
 臨床検査技師を主人公とした壮大なるストーリーを考えていたのだが、ぱっとしない。採血だけ看護師がしてしまえば、他の職業でもストーリーに何の支障も来さないではないか。
 成長ものは患者さんと直接関わりが少ないから話を作りにくい。検査値の読み方を学んでいくとかはドラマとしてあり得ない。するとハードボイルドが最も適していると思ったのだが。
 だいたい、今の医療ドラマはおかしい。医療スタッフが医師と看護師で十割を占めるのである。後は、運が良ければ受付の事務が加わる程度。
 しかし、我々臨床検査技師だって立派に病院を支えているのだ。他にも栄養士、理学療法士、放射線技師、エトセトラ。
 たまには技師にスポットを当てたドラマがあってもいいと思わないか。なりたい職業ランキングの比較的上位に食い込む薬剤師ですら、医療ドラマでは注目されない。
 我々の仕事だって楽ではない。
 当直帯は一人なのに急患が入れば遠慮なくPHSが鳴り、仮眠がままならないことも多い。結果は機械次第なのに、もっと早くしろと怒られる。
 作り話の中でくらい華々しく脚光を浴びてもいいと思わないか。
 チャラララ……。
 枕元においた当直用PHSが鳴る。
「はい、検査科です。……すぐ行きます」
 ベッドから起きあがり白衣を着込む。
 せめて、看護師の恋人役としてでも扱ってくれればなあ。



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 「第2回茶林杯1000字小説コンテスト」参加作品。入選は逃しましたが、そこそこ票が集まり感謝です。企画ものながら第1回目のも別カテゴリにおいてしまったのでこちらに。
 医療ドラマは他の職種にもスポット当てるべきは大学時代に友人と語った想い出。

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