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不完全タイムトリップ
 もうすぐだ。もうすぐ完成だ。
 後はこのコードをつなげば苦節ウン年、世紀の大発明タイムマシンが完成する。
 タイムマシン。
 見た目はただの腕時計。しかし、これは過去未来いつの時代へも自由に行き来することの出来る装置。誰もが一度は夢を見て、SFの作り話の中では欠かせないこの機械を、自分の手で作り出した。
 俺は今までの人生で最高潮の興奮に包まれていた。
 まずはいつの時代に行こう? 歴史的大事件の起きた年や遠い未来を眺めるのも悪くない。だが、一番優先すべき事項は過去へ行って人生をやり直すことだ。初恋に破れたとき、大学受験に失敗したときなど人生の転換期へ行って軌道修正をかけていく。そして、こんな地味な人生とはおさらばして、スターダムへのし上がるのだ。
 連日各種メディアで取り上げられる俺。製品化で収入がガッポガッポしてお金の使い道に困る俺。世界的に権威のある化学賞を受賞する俺。
 マジ天才。今ならそう自分を褒め称えても否定する人間はいないだろう。
「いいや、お前は天才ではない」
 頭から冷水をかけるかのように聞き覚えのある冷ややかな声が降ってきた。
「誰だ、俺のことを否定する奴は」
 振り向くとそこにいたのは俺だった。着ている服が違うから鏡に映った自分でないのは確かだ。
 奴は腕組みをして俺を見下ろすと真顔で答えた。
「俺はお前から見た明日の俺だ」
 どういうことだろうと思考を巡らせて目の前にある装置のところで視点が止まった。
「明日の俺がいるということはタイムマシンは完成したんだな!」
「そうだ。だが、そのコードはいけない、青年よ」
 髪を払って気取りながら自称明日の俺が言う。自分に対してわざわざ青年と呼びかけるあたり実に俺っぽい。これは本物の明日の俺に違いない。
「こうやって未来の俺が来ているのに、完成させるなってどういうことだよ」
「結論から言おう。昨日の俺は天才ではなかったんだ」
 結論から言われたのに意味がわからない。
「フッ、そのタイムマシンは不完全なのだ」
 明日の俺はあくまでも上から目線で言う。今の俺から見て二十四時間は人生経験を積んでいるから、自分の方が偉いと思っている。自分のことだけにわかる。
 俺は設計図を手に取り、なめるように視線を走らせた。
「そんなはずはない…今回こそ完璧なはずだ」
「甘いな。そのタイムマシンは行きたい時代へ行けるけど、うまく現代に帰ってこられないという欠点があるんだよ」
「それ、まずいじゃないか」
 明日の俺は大きく頷いた。
「昨日の俺はそれでたいへんな目に遭った」
 言われてみれば、一日しか経っていないのに頬が痩けて見える。
「昨日の俺よ、悔しいとは思うけどタイムマシン作りはここで諦めろ」
 俺は目を丸くした。明日の俺のことだから最後の行程を止めて、手伝いに来てくれたのかと思っていた。
 しかし、自分に言われたからと諦める俺ではない。ずっと自分の金と時間をこの発明のために費やしてきたのだ。プライドと夢と俺の人生全てがかかっている。
「じゃあ、設計図を変える。せっかくだ、お前も手伝ってくれ」
「俺はあくまでも反対しに来た」
 おいおい、明日の俺はいつもの俺らしくないじゃないか。ちょっとした失敗でナーバスになっているに違いない。
「わかったよ、俺一人で頑張るよ」
 装置をいじろうとすると背後からドライバーをひょいと取り上げられた。
「お前から見て明日の俺が言うようにタイムマシンは完成すべきじゃない」
 またしても聞き覚えのある声だ。
 これはもしやさらに未来の俺?
「そうだ、俺はお前から見た明後日の俺だ」
「やはり来たか」
 明日の俺が言うと、明後日の俺はニヤリと笑った。
「ようやく自分の過ちに気づいたようだな、昨日の俺よ」
「ああ、今日も明日の俺が来ると信じてたぜ」
 二人が男の友情よろしく熱い拳と拳を付き合わせる。俺は無視して設計図を見ながら配線をいじり始めた。
「本気でわかってないようだな、三日前の俺よ」
 明明後日から来たらしい俺が設計図を取り上げた。
「人の意見は素直に聞くべきだろ」
 四日後の俺が現れて言った。
「本気でやめてくれ、俺たちのために」
 一週間後の俺が現れて言った。
「俺は地味な人生のままでいいんだよ。高望みなんかすべきじゃなかった」
 やつれきった二週間後の俺は弱音まで吐き出した。
 気づいたらアパートの一室が俺で埋め尽くされていた。未来の俺たちの口から出るのは一様に反対の言葉だった。日を追う毎にやつれていく自分を見ると後ろ向きな意見に流れたくなるが、それ以上にタイムマシンを完成させたい思いの方が強かった。しかし、このまま一人で改造しようにも奴らに邪魔をされるだけ。
「なあ、何を弱気になってるんだよ、未来の俺たちよ」
 今度は俺が語りかけ、説得する番だ。文字通り自分との戦い。
「確かにお前達はひどい目に遭ったかもしれない。だけど、その悔しさ、つらさをバネにするべきじゃないか? タイムマシンはここにいる全員の夢だろ? 夢を無かったことにしていいのか? それは今までの、そしてここにいる全員の俺を否定することになる」
 明日の俺と明後日の俺がうっとたじろいだ。未来の俺ほど顔に動揺が出ず冷静だ。
「これまでは他の時代へ行くことすら出来なかったんだ。それをお前達は不完全ながらこうやって過去に来られるようにできたんだろ? あとは正しく元の世界に戻れるようにするだけじゃないか」
 視界の端で明日と明後日の俺が落ちたのがわかった。俺完全制覇まであと少し。
「今日の俺までは一人でタイムマシンを作ってきたんだ。天才の俺がこれだけいればいくらでもアイディアなんて出るだろ?」
 天才の一言に全俺がぴくりと反応した。俺の性格を一番知っているのは俺だ。
 そして、俺は気づいていたが、あえてここでとどめの一言。
「てか、未来の俺たちよ、どうやって元の時間に戻るんだ?」
 全員がはっとなった。脳裏に昨日、一昨日、さらにその前の苦労が思い浮かんだようだ。
 俺のことだろうからここに来る前に少々改造は加えているだろうが、少なくとも一番先の未来から来た俺、一ヶ月後の俺以外のタイムマシンは不完全だ。そうでなければ一ヶ月後の俺までタイムマシン作りに反対することはしないだろう。
「じゃ、決まりだな」
 一致団結した現在未来の俺たちは、一番未来の自分のアドバイスを元にありとあらゆる知力を振り絞ってタイムマシンの改造に取り組んだ。一人で数年かけていたものが一瞬にしてできあがった。
「完成だ! これで俺は真の天才になったんだ!」
 未来の俺たちは「今度こそうまくいきますように」と念じながら各々に未来へ帰っていた。
 全員を見送ったら、最後は自分の番だ。
 ばたばたしすぎていて、どこの時代へ行くか決まっていなかった。未来の俺たちの様子からあまり遠くへ行く気はしない。
 適当に一週間くらい前に行ってみよう。
 俺は腕時計型タイムマシンの日付をセットして、スイッチを押した。

 結論から言おう。俺は天才ではなかった。
 確かに一週間前にはたどり着けた。しかし、現在の時刻を何度セットしても別の時代へ飛ばされた。戦国時代では矢が飛んでくるし、江戸時代では伝染病が流行しているし、お腹がすいても大正時代では通貨が違って買えないし。帰ってくるだけで一生分のエネルギーを使い果たした。
 俺は未来の俺たちの忠告を聞かなかったことを猛省した。改造をするとかそういうレベルの話ではない。改造して失敗した時に同じ目に遭うのはごめんだ。こんな体験一度だけで十分だ。使わなければいいだけの話だが、手元にあれば何かあったときに頼ってしまうだろう。今までの人生の大半を費やしてきたこの装置を壊す勇気もない。最も手早いのはタイムマシンを完成させないことである。
 しかし、このままではまた過去の俺が今日以降の俺を説得してしまう。
 明日は俺も加勢しよう。明日こそこの不幸の連鎖を断ち切らなければ。説得さえ出来てタイムマシンを作るのをやめさせれるのであれば、もう一度くらい大変な目に遭って現代へ帰ってくるのも致し方ない。
 明日の行き先は今日に決定だ。
 俺は心に強く誓ったのだった。


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 SFを目指したはずが……。

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