ョートショート

彼女の決意

 彼氏が浮気をしているという噂を耳にした。密会場所は彼の家。最初は話半分に聞いていた私であったが、 近頃会ってもすぐに家に帰ってしまう彼に不安がつのってしまう。
 ある日、たまたま近くまで来たので、彼の家まで足をのばしてみることにした。
 家の前まで来ると彼の声が聞こえた。
「ミドリ、今日はあまり元気ないな」
 ミドリ?
 聞いたことのない名前だ。まさかこれが噂の……考えた瞬間全身に鳥肌が立った。本当に浮気をしていたなんて。
 いや、これは単に彼のペットに話しかけているだけなのかもしれない。世の中、飼い主馬鹿は腐るほどいる。
 しかし、彼は大の動物嫌いのはず。生きている動物を見ると無言で相手を睨みつけて威嚇し、決して自分の半径一メートル以内に 近づけようとしない。犬も猫も鳥も虫も例外なしに。
 ならば相手は人間……つまり噂は本当ということか。
 知らぬ振りをするべきか。いや、私たちの周辺でこの話はかなり広まってしまっている。知らん顔をし続けるのは難しい。 それに、それを逆手にとられて堂々と浮気をされるのは悔しい。
 では、このことを彼に何と切り出したらいいんだろう? 
「あなた今、二股かけてるでしょ」
 これはストレートすぎるか。
 まずは「いい天気ね」から始めて世間話。うまく話を誘導してから、さりげなく聞くべきか。そしてとどめの一発に 「私達もうやっていけないわ、別れましょう」と涙を浮かべつつドラマチックに――って一回彼が浮気しただけで別れを 切り出すのは早すぎるわね。
 彼はルックスももいいし、非常に気も利く。彼氏としては申し分ない。たった一度の浮気。そんな些細なことで別れてしまうなんて。 そもそも、彼が浮気をしているとは決まったわけではない。彼を信じよう。
 私は再び耳をそばだてた。
「ミドリ、大丈夫かよ。気晴らしにお前の好きな散歩にでも行こう」
 彼が家の門から出てきた。私はとっさに回れ右をする。
「あれ? 有子」
 背後から彼に呼ばれた。ばれてしまったようだ。
 どうあれ、いずれは切り出さなければいけない問題なのだ。こそこそしてもしょうがない。落ち着いて、冷静かつ友好的に。
 私は覚悟してゆっくりと振り返る。
 そして絶句した。
 彼は満面の笑みを浮かべて、盆栽用の鉢を抱えていた。鉢の上を覆うようにびっしり生えているのは苔。 私でもよく知っている。そう、あれは紛れもなくゼニゴケ。
 私は「ミドリ」を一瞥した。
――やっぱ別れよう。
 

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当初、ミドリはサボテンだったものを「最近ゼニゴケと語るのが日課なの」という友人の奇天烈発言により急遽ゼニゴケへ 変えたという経緯が。しかし、ゼニゴケは鉢で育つものなのか。

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