小学校教諭の桜井靖子は、現在四年一組の担任をしている。
靖子は今、夏休みの宿題の日記を見ようとしていた。絵日記でも何でいいから毎日書きなさい、
と生徒に言ったものであった。とはいえ、一日目だけきちんと書いて後の日は全て「昨日と同じ」
ですます生徒が毎年必ず数人いるのである。だから、「『昨日と同じ』と書いてはいけません」
と忘れずに付け加えておいた。
靖子は出席番号順に積んだノートの一番上にあるものを取る。大きな字で『合田進平』と書かれていた。
合田という子は元気がとてもいいのだが、面倒くさがりでもあった。
そんなことを考えつつノートを開く。
中身は「今日はつまらなかった」だけなどという日が時々あったが、
靖子が思っていたよりは書いてあった。彼なりに楽しい夏休みを過ごせたようである。
そして、最後の八月三十一日のページをひらく。そこに書いてあることを見て靖子は首をかしげた。
「正和と同じ」
これは一体どういう意味なのであろうか。
靖子はノートの山から関口正和のものを取りだし、夏休み最後の日のページを開いた。
「よし美とおなじ」
そう書いてあった。
正和が言っている「よし美」こと原芳美は几帳面な生徒だ。
進平と正和が芳美に頼んで自分達の分まで書いてもらったのかもしれない。
3人は仲がいい。なんでも同じ幼稚園に通っていたらしい。
「加藤くんと同じ」
芳美のものを見てみると先程の二人と同じパターンで書いてあった。
本当にこれは何なのだろう。芳美までがこんなことをするなんて。
もしかして、全員のノートにこのようなことが書いてあるのではないだろうか。
靖子はそう思って加藤秀のノートを見ると書いてあった言葉はやはり「育子と同じ」。
自分の考えは間違ってはいないようだ。
自分は彼らの担任である。生徒からの挑戦を受けないわけにはいかない。せっかく
出席番号順に並べたノートがばらばらになるのもかまわず靖子は名前をたどっていった。
最後の子はどんなことを書いているのだろうか。
「ばーか」とか「残念でした」というのが妥当な線だろう。しかし、今の子は結構賢い。「合田と同じ
(合田に戻る)」などとメビウスの輪のごとく永遠に回るようにしてあるのかもしれない。
最後にどのようなことが書いてあるにしろ、明日の朝学活では生徒達に注意しなければならない。
別にこんな事でいちいち注意しなくてもいいではないか、
と思われるかもしれないがダメなことはきちんとダメだと教えなくてはいけないのだ。
特に今のような時代では。
生徒達にどのように注意していこうかといろいろ考えているうちに、
ついに最後のノートに来た。これを書いているのは島崎理乃という生徒であった。
靖子は少しドキドキしながらノートを開いて言葉を失ってしまった。
そこにはこう書かれていた。
「先生へ、おたん生日おめでとう」
そういえば、八月三十一日は靖子の二十九回目の誕生日であった。
いつもと作風の違うハートフルショートショート。私がまだ若かりし頃に書いたもの。
一つ悔やまれるのは、伏線を張ることができなかったことでしょうか……。
++一言感想フォーム++
←
HOME /
NOVEL
/
SS