バトル


はじまりはここから

 カーシャは長い列の、どちらかというと後方にいた。最前列は見えない。 目の前には自分と同じ黒い服を着た集団で埋め尽くされている。皆落ち尽きなくざわついていた。
『あぁつまんねえなぁ、まだかよ』
 自分にだけ聞こえるくらいの、小さなぼやきが耳元でした。確か、地上に似たような音を出すものがあった。 そうだ、周波数の合ってないラジオ。
『だいたいさ、なんで俺がついて行かなきゃいけないわけ? あんな不便なところに』
「うるさいわね、ゼロ」
 カーシャは自分の肩に乗っていたネズミの首をつまみ上げた。「きゅう」と声が漏れる。
「私だって、あんたと一緒に行きたい訳じゃないのよ」
 ネズミを目線の高さまで持ち上げる。ぼさぼさの灰色の毛は薄汚いとしか表現のしようがなかった。その身体に埋め込まれた 真っ赤な瞳だけが爛々と光っている。本来は白くて毛並みが美しいはずなのだが、いかんせん彼は水嫌いだった。
 なぜ、自分の使い魔はこんなにみすぼらしいのだろう。
 どうせなら、アリスみたいな白い猫がよかったな。常にブラシで整えられた長い毛に気高さを持ち合わせる青い瞳。 あんな使い魔だったらどこへ行っても恥ずかしくない。
 と文句を垂れたところでしょうがない。のたれ死にそうになっていたゼロを助けてしまったのは自分なのだから。
 カーシャがゼロを肩に戻すと、背後から声がかかった。
「カーシャはどこへ行くの?」
 噂をすれば何とやら、アリスであった。
「決めてない。流れに身を任せてみるわ」
 アリスは使い魔の猫よりも深い青い瞳をまん丸にした。
「何言ってるの! 人生の大イベントよ。もっと積極的になりなさいよ」
 カーシャはほんの少しだけ首をかしげた。
 彼女の言うとおりなのだろう、多分。
 カーシャ達魔法使いは十五歳で魔法学校を卒業すると同時に、修行に入る。修行は二段階あり、その一段階目は地上の世界に降りて 魔法に頼らず二年間生活するというものであった。学校の先生の話によると魔法に頼らずに自分がどれくらい力を発揮できるかを 知ると共に、魔法の大切さを学ぶ期間なのだそうだ。
 今は地上へ降りるための儀式の最中である。儀式と言っても校長の長々しい話の後に、飛び込み台からぽんと背中を押されて、 地上の空に放り出されるのである。だから、正確に言うと降りるではなく「落ちる」であろう。
 これが本当の魔法使いになるための第一歩となる。
「あたしはね、西欧に行きたいの。寒いのは嫌だけど、空気の綺麗な山の近くに住みたいわ」
 彼女の容姿からして、西欧ならば自然にとけ込めるだろう。
「カーシャは東ね」
「そうかしら」
 確かに黒髪の自分は西欧だと浮いてしまうかもしれない。カーシャとしてはとりあえずご飯が食べられて温かい布団があれば どこでもよかった。それだけでも贅沢な注文だ。
『どうせなら、無人島とか人のいないところにしようぜ。そうしたら、こっそり魔法使って……ムグ』
 カーシャはゼロの口に小さな輪っかを填めた。彼を黙らせるにはこれが便利だった。
「地上に降りたら適当なところに捨てるわよ」
 ゼロはふるふると首を左右に振った。
 魔法の使えない生活が相当嫌らしい。
 いつの間にか列の前の方に来ていた。顔をこわばらせた同級生達が、校長自らの手で地上へ落とされていた。
「夢を見てるみたいだわ!」
 アリスは両腕を握りしめる。頬が赤らんでいる。興奮している証拠だ。
「これで地上へ落ちる姿がだっさい制服じゃなきゃ最高なんだけど」
 そばにいた先生に睨まれ、アリスはペロリと舌を出した。
 彼女の言うとおり、柔らかそうな金髪に黒いローブは似合っていなかった。
 二人は背後から下をのぞき込んだ。魔法使いの見習達はローブを羽ばたかせながら落ちていく。そして、 小さな黒い点となって消えていった。
「雨みたいね。黒いけど」
「月の雫も飲めなくなるわね」
 カーシャの世界にも雨はある。地上とは違って降っては来ない。なぜならばここの雨とは名ばかりで正確には月の雫だから。 ほんのり甘くて美味しい。
 地上の雨はゼロが嫌がるだろうな。普通の水滴だから。
「カーシャ」
 校長の柔らかな声に呼ばれた。全体的にふっくらとした彼女はいつも通りの満面の笑みを浮かべていた。
「はい」
 背筋を伸ばす。校長の前に立つといつでも緊張する。微笑んではいるが、その裏には厳しさも備えているから。
「心の準備はいいですか?」
 軽く頷いた。
「元気でね。住む場所決まったら連絡ちょうだい」
 校長の背後でアリスが言う。
 これにも軽く頷いて応える。
 魔法使いへの第一歩。アリスみたいにあれこれ期待をしているわけではないけど、自分なりにやってみよう。
 地上の方へ顔を向ける。下を見れば落ちていく同級生が見えるんだろうけど、今はやめよう。
 まっすぐ前だけを見て。
「ゼロ、しっかりつかまっててね」
 輪を填めているから返事はなかったけれど、左肩に小さな力がこもった。
 カーシャはゆっくり目をつぶる。
「実りのある修行を。そして、無事に帰ってきなさい。カーシャ、いってらっしゃい」
 校長のふっくらとした手にぽんっと背中を押し出されるのを感じた。



 「お題バトル」参加作品。音楽系お題という指令発動。 テーマは「落ちる」でお題は「羽ばたきながら落ちていく」「夢を見たみたい」「あぁつまんねえなぁ」「雨は名ばかりの 月の雫だから」。関連性まったくなしで制限時間1時間。
 前回2回が現代一人称だったのでファンタジー三人称が書きたかったのです。多少言葉を変えているのは勘弁。 本当は各お題の出展を記載したかったのだが、メモったワードに別のもの上書きしてしまった。とりあえず『GARNET CROW』×2と 『ゴメスザヒットマン』と『ゆず』より。タイトルも、某アーティストのタイトルから。
 今回の参加者→ Aquaphoenix様みもん様Lina−M様


++一言感想フォーム++

        
Powered by FormMailer.


HOME / NOVEL / 企画作品

(C)2002〜2003 Akemi Kusuzawa All rights reserved...