バトル


サンカク

 憎らしい。こんなに憎らしいと思ったのは初めてだ。
 目の前の三角形の物体。
 これがお弁当のおにぎりだったらどんなによかっただろう。いや、憎むどころか惜しみない笑顔で眺めることができたのに。
「しわ、寄ってるよ」
 高倉先輩の声にようやく三角形から目を離す。先輩は「ここ」って眉間を指さしていた。
 さっきまでこの音楽室にいたのはあたし一人だけだ。いつの間にこの人は来たのだろう。
 背の高い先輩を見上げる。
「世の中って不条理ですね」
「不条理って何が?」
「あたしは所詮負け組なんです」
「俺は、よく昔からクジ運強いよ」
「ってか、先生の趣味ってなんで曲作りなんですかね」
「先生の曲って『もったり』だよね」
「絶対あたしに対する嫌がらせですよね」
「いや……『ねっとりとろーりバター風味』かな?」
「……先輩って、あたしの中の八十パーセントの確率で人の話を聞かないO型ですよね」
「残りの二十パーセントは何なの?」
「O型であったらいいなという希望のかけら達です」
「佐伯さんは思いこみの激しいA型でしょ」
「やっぱり先輩はO型なんですね」
「……で、どうしたの?」
 あ、一応聞いてたんですね。
「これ、見てください」
 あたしはキャリーバッグからA4サイズの紙切れを差し出す。先輩はあたしの隣に座ってそれを眺める。
「先生の嫌がらせってこれのこと?」
 あたしは頷いた。
 渡したのは楽譜。今度の文化祭で演奏するはめになった大原泰司大先生作曲の『風駆ける丘』。風駆けるだけに木管楽器が十六分音符 で奏でるメロディーが特徴的な(先生曰く)壮大な曲である。あたしとしては風なんかじっとしてろと言いたいところであるが。
「パーカスもいい感じで目立てるね」
 パーカスというのは正式名パーカッションパート。いわゆる打楽器だ。太鼓からティンパニー、木琴、 タンバリンまでなんでもござれの集団である。
「そうですね……」
 あたしは窓の外に視線を移した。
「何だよ、その遠い目は」
「パーカスは今年何人いるか知ってますか?」
「えっと二年が三人と一年が三人?」
「この曲に使われるのはスネア、バスドラ、ティンパニー、マリンバ、シンバルそれとトライアングルなんです」
「それが?」
「割り当てられる楽器が一人一つなんですよ。華のある楽器の中になぜ、トライアングル!」
「佐伯はトライアングルなのか?」
 そうなのである。二年生が好きな楽器を選んだ後で一年同士残った楽器を公平にジャンケンで決めた。そして負けた。
 楽譜は楽器ごとに書かれているのだが、私がもっているのはバスドラとトライアングルが一緒に書かれているもの。 二つの楽器がある分華やかに見えるが、実際に私が音を鳴らすのは最初と最後の合わせて三回だけだ。
 そう、三回だけ。
 三回の「ちーん」のためにあたしは六分間も舞台で立ってなければいけないのだ。
「この時程、先輩がサックスで羨ましいと思ったことはありませんよ」
 あたしのにっくき相手であるトライアングルは譜面台の高さを合わせるねじのところにひもを引っかけられて風にゆらゆら 揺れていた。
 先輩はおもむろにトライアングルを持つと思いっきりならした。
 ちーん、というあとにぐわんぐわんと余韻が響く。
 次に優しくならす。今度は耳に心地よい音が音楽室を満たした。
「難しいよね」
「何がですか?」
「トライアングルって叩くたびに音が違うでしょ。同じを音を出すのって難しいよね」
「……」
「楽器はみんな奥が深いけどさ、音階のあるものってある程度しっかりした音が出せて早くふければ立派に聞こえるんだよね。 でもさ、トライアングルって単音しか出ないでしょ。ごまかしがきかないよね。しかも、響くからよけい」
 そんなこと考えたこともなかった。
 恥ずかしいけど、ただ決められた時に叩けばいいのだと思っていた。
 先輩はちーんとトライアングルを鳴らし続ける。
「音楽……特に今回みたいに自然を表現するようなのって情景を思い浮かべながら演奏するけど、 情景を思い浮かべたところでトライアングルを打つ時に微妙な力加減ができるかと言われれば、俺はできないな」
 言われてみればそうなのである。ちょっと打ったつもりでも響きすぎてしまうことが多々あった。
「佐伯は今回三回しか勝負できいないんでしょ?」
 そうだ。曲中に与えられた機会はたった三回きり。あたしだけの音を目指すには他の楽器になんぞかまっている暇はないのである。
「ありがとうございました。先輩のおかげでこの曲好きになれそうです」
 うん、真面目に演奏にとりくめそうだ。
「俺のことは?」
「へ?」
 あんまりに突然で、声がひっくり返ってしまった。
「知ってる? O型とA型って相性いいんだって」
「けっこうあちこちで言われてる話だから知ってますけど……」
「思いこみの激しいA型さんとしてはそういうの信じてくれるでしょ?」
 信じてくれるでしょって、その言い切りはなんですか。
「そうですね、少なくともあたしの悩みを一瞬で解決してしまうところは尊敬してますよ」
「期待してるよ」
 文化祭に? それとも今の発言の答えに?
 高倉先輩はもう一度トライアングルをならした。
 あたしが今まで聞いたことのなかった、素敵な音色が心に響いた。



 「お題バトル」参加作品。テーマは「曲(音楽)」でお題は「お弁当・風・負け組・自然」。制限時間1時間30分。
 なお、新鮮さ(とへたれっぷり)を保つためわずかな誤字と書き忘れた一単語以外は改稿はしていません。とつても改稿したい。 地の文たくさん書きたい。
 制限時間きっちり使ったのは自分だけであり、他の方々は1時間以内に仕上げていました。どうせ、負け組。
 今回の参加者→ 平塚ミドリ様中原まなみ様Aquaphoenix様伏河竹比呂様


 補足:全国共通かわからんので一応楽器の説明→スネア(いわゆる小太鼓)、バスドラ(いわゆる大太鼓)。

++一言感想フォーム++

        
Powered by FormMailer.


HOME / NOVEL / 企画作品

(C)2002〜2003 Akemi Kusuzawa All rights reserved...