ぼや記
世間ではこれを日記という


2003.12.31
大晦日だよ、のび太くん
 受験生なりに一日のノルマを決めてやっているのだが、よく考えたら大晦日も元旦も平日と同じように計画を立てていた。 後で失敗したと気づいたおばかである。やりますよ、ああやってやるさ。
 ノルマに追われ、年賀状は大晦日に入った深夜から開始。どうにか完成。
 今年はあまり手をかけていられないと下絵を5分で仕上げたものの、仕上がりに猿が3匹いるのはどびっくり。
 デフォルメした絵を描くのは好きなので、どうも年賀状のイラストはこだわってしまうのですよ。

 はて、今年も終わり。
 ポッター見に行ったのは1ヶ月くらい前だと思っていたら、ねえ。
 毎年行っているのだが、一年となんと早いもので。
 宣言通り、いろいろあった一年であった。少なくとも去年のように「今年何があったっけ……あ、海外行った!」などということは ございませぬ。
 おそらく自分の人生でこんなに自分の時間がもててウダウダと無駄に過ごしながらも、一方で充実した日々を送れたのは 今年が最初で最後でしょう。
 さて、気合いを入れて今年の総括を! と思いきや時間もなければ年始にろくな目標も立てていない。
 知り合いの輪を増やすとかなんとか言っていたが、普通に増えましたよ。ありがたいことです。
 ……って、これで目標達成。2003年さらばしていいのか?
 その、まあ、なんですね、みなさまよいお年を。
2003.12.30
OH! センスに血が!
 「結合」と書こうとしてうっかり「血合」と書いた私は血に飢えているのか。
 ただ一つだけはっきり言えることは、今日の出来事で幸せを感じたことが「冷蔵庫の中に一の蔵を発見したこと」である時点で そうとう淋しい人生を送っているということであろう。

 さて、一の蔵を発見したのは昼ご飯を食べようとして冷蔵庫をあさっていたときだった。
 年末年始に向け食材を買い込んであるため、食材はたくさんあるのだがどれが使ってよくてどれを使ってよくないのかがわからない。 しょうがないから、地味にキノコと米を炒めて食べることにした。
 そこでふと冷蔵庫にメモ書きがあるのを発見する。
『冷ぞうこの中にサラダがあるので、食べてください』
 あう〜ち!
 もう食材も切って、米も解凍してしまったでござるよ、母上。
 しかもこの「食べてください」という表現が気になる。
 この「食べてください」は「must」なのか「may」なのか。
 すでに昼飯の用意はしてしまったのだから「may」ならば、食べるつもりはない。しかし、母は昨日あたりから「今日の晩飯は 食べに行く」と公言していた。つまりサラダは夕飯に回しちゃえ♪ ということはできないのである。ということは「must」なのか。
 冷蔵庫の前でメモを見ながら悩むことしばし。
 なんだかメモから威圧的な空気が流れてきた気がしたので食べた。
 ちなみに我が家は人が健気に昼ご飯を待っているときに限って、昼飯が出てこない。
2003.12.29
忘年会
 バイトの忘年会に参加してきた。
 バイトが増えたせいもあるのか、いつになく多数の参加。
 大酒のみが少なくなり、やたら平均年齢が下がってきていて、Tさんはいつの間にやら日本酒を口にしていて時の流れを感じる。
 2次会は12人(バイトは全員参加)でカラオケの一室にせまぜまと入った。
 よう考えたら元旦はバイトの先鋭部隊M&K氏とカラオケ→ポッターコースをたどったが、年末もMとK氏の歌声に包まれて 終わった。本日で家族以外の人に会うのは最後になるから本当にM&K氏で始まり、終わる一年であった。

 はて……飲み会中Mが「私はバイトの人にはあだ名をつけてない」と公言していた。
 同姓のTさんを「マ○ンナ」「プチマド○ナ」とつけたのはあんたでしょう。
 ってか、遠くの席から人のことをでかい声で「土佐●酎」と呼んで他のは誰ですか?
2003.12.23
ああ、Hなメスラッコ
 朝っぱらから日記を書こうというのも何なのだが、どうせ今日も何も起こらないのでいいだろう。
 そういや、年賀状の季節らしい。毎年書かなきゃと思いつつ、完成が大晦日というばかげたことをやらかしている。
そして毎年思うのである。「来年の干支が分かってるんだから、夏とかに絵柄だけでも書いちゃえばいいじゃん」我ながらすばらしい アイディアを出すものの、そんなとことはやらず結局完成は大晦日。馬鹿である。しつこいが、バカと言った方が馬鹿である。
 今年は……とても年賀状にかまけている時間はないから止めようかと思ってみたものの、よく考えたら年1回の挨拶の人がどれだけ 多いことか!! 
 ……1時間でかけるイラストにしてさくさくだそう……。
 はてこまったはこっちの世界。
 原画はできているものの、あんなイラストを塗ってたら日が暮れるよぅ(いかんせんとろい)。
 ので、こっちは少々考えさせていただきやす。

 連絡無精といって思い出したのがメールアドレス。
 名前と誕生日を組み合わせたり、好きな単語を並べ連ねるのが主流かと思われる。
 主流よりも少し曲がった道が好きな私はといえば、名前を別の単語やらに置き換えて暗号チックにしている。
 そしたらよぅ〜、高校のグループ(私含めて6人)中、3人が同じ事やってたんだよぅ〜。
 こういうときに実感してしまう。
 類友だとか同じ穴のなんちゃらだとか。
2003.12.21
雨降れば未変化体
 掲示板変更。
 前々から言っていたが、掲示板気に入ってはいたものの、いかんせんWinにしか優しくない使用であったので。
 今度は大丈夫……のはず。
 デザインもこれでこのサイトになじんだはず。
(本当は来年になったらサイトのデザインは替えずにカラーだけ替えたいと思ってたりもしていたが)
 まだ、不完全のため使いにくいところがあったら遠慮なくどうぞ。
2003.12.20
しるこではなくトルコ
 お世話になっている方にトルコ料理店に連れて行ってもらった。
 お世話になっているんだから私が連れて行くのが筋なのであるが、「今年一年お疲れさま会と、楠沢がんばれよ的忘年会」 で連れて行ってもらってしまった。話していたら異国籍料理が食べたいとなり、トルコ料理がおいしかったよ……という流れで。
 しかし、トルコ料理は何でもヨーグルトというのは聞いていたが、ヨーグルトビールってのは何ですがな。ビールまでヨーグルト ですか? ちょいと一口飲んでみたが、まさしくビールとヨーグルトであった。それ以上でもそれ以下でもない。
 まったりしゃべりながら、食事をしてますとベリーダンスのショータイム。
 ホームページでベリーダンスの文字を見てから「ベリーダンスなしにはトルコ料理は語れないよね」と二人で盛り上がっていた くらいなので、ある意味本日のメインである。
 なんですな。あたりまえだが、腰の振りが激しい激しい。
 腰をフリフリフリフリ。激しくフリフリフリフリフリ。
 狭い店内を美人のお姉さんがフリフリクルクル動き回っていた。
 いやはや、見とれてしまった。
 最後はお客さん型になっており、おじさん達いつもの2倍に鼻の下がのびておった。
 料理の方もおいしかった。
 トルコ本場と全く変わらないのか、それとも多少日本人のあじに合わせてあるのかはわからないが、うまい。 見た目はその辺でも食べられそうなのだが、食べると新食感。全体的に酸味が利いていた気がする。
 身も心も満足で帰宅。
2003.12.18
アポロチョコ
 いい加減タイトルを付けるのが厳しくなっているため、当分は自分の記憶力増進のためにもゴロを書いていくことにした。 意味不明なことをつぶやいていたらゴロだと思ってほしい。若かかりし頃はゴロなど覚えなくても何とかなったが、いかんせん 記憶力低下の一途にある。ゴロゴロ様なのである。

 本日、友人Aが爆弾発言をした。

「ポッキーっておせんべいなの!?」

 全くもって意味不明である。
 Jと私はただ、ポッキーの下にあった煎餅について語っていただけなのだが。
 どうやったら、ポッキーを煎餅と呼べるのだ。
 今日も世界は神秘に包まれている。
2003.12.17
還流鍋
 友人としゃぶしゃぶを食べに行った。
 メンツは決して家庭的と呼べない女4人だった。
 ……ここまでは普通の日記である。  これは平凡な人々の平凡な出来事から始まった異常な話である。

 しゃぶしゃぶといえば、まずは野菜を入れるのが基本であるので入れた。
 皿をひっくり返して。
 ここがチンゲンサイゾーン、ここが白滝ゾーン……なんて分けることはしない。人類皆平等と同じように野菜皆平等の世界である。
 お湯が沸騰したところでその上から適当に肉を入れる。
 一皿全部一気に入れてしまうのはいかがなものか。
 というか、店員さんに「具を入れすぎるな」と遠回しに注意されましたよ。
 時間制限があるので食べる。食べる。食べる。食べる。
 再び野菜を入れる。
 頼んだ肉を待つ。
 当然お湯はぼこぼこ沸騰する。それ激しく、昼ドラの不倫の恋のように激しく……。
 あ、あの……具が激しく還流してるんですけど。
 還流するのはいいのだが、還流のスピードが激しすぎて具がつかめない。そもそも、豆腐が食べたいと思っても豆腐の動きが 速すぎて見えないというのは鍋としてありなのか。そうとう集中しないと自分のほしい具がとれないのだが。 激しく煮立てていて気づかなかったが、火を止めたら水面が半分に低下していた。そして、ポン酢は完全になくなっていた。
 鍋と焼き肉はつい無言になってしまうものであるが、なぜか必要以上に騒がしく笑い転げて終了。
 誰が何をしたわけではないのだが、勝手に鍋の方が盛り上がってくれた。
2003.12.16
勘違い2003
 今年、真実が判明した勘違い。
 実はもっと身内ネタとかネタがあるのだが、とりあえず芸能界(で思い出せるもの)編。 其の1 ベッキーはドイツ人とのハーフだと思っていた。
 正解→イギリス人とのハーフ。
 顔を見た瞬間なぜかドイツ人だと思った。自分的に許せる間違い。
其の3 ソニンは韓国人だと思っていた。
 正解→ちゃきちゃきの日本人らしい。
 夏の旅行時、バスガイドさんが四国出身の有名人の名をあげていてそのときに知った。私だけではないと思う。
其の2 あずさ2号は東北に行くものだと思っていた。
 正解→長野方面
 きっと「♪上野発の夜行列車降りたときから、青森駅は雪の中」と混同したのだろう。なお、ここ数年駅で電車を待っていると 毎日私の前を特急が通るのだが、いつも「特急なんかどうでもいいから快速来てくれ」と思っていた。その特急の名を『あずさ』という。 とっとと気づくべきだった。
2003.12.15
国民的ドラマ
 水戸黄門1000回記念スペシャル。
 確信犯で見た。
 だって……出演者が。八兵衛が復活した上に、野村将希と照英の夢の競演。どう考えてもキャストを決めてから脚本を 書いたとしか思えない豪華っぷり。かなり限定で弥七まで復活。なにげに弥七が好きだった私としては見ないわけにいかない。
 結論から言うと、いつもに増してありえなくかつありきたり展開で語っても語っても語りきれないくらいのめり込んだ。 同じ長さの『タイ●ニック』よりも、絶対にこっちの方が飽きないし、おもしろいと思う。
 語りきれないので、手短に3つほど突っ込みを。
 その1。結局、時間の流れはどうなっているのか。
 弥七の娘は成長し、なんだかかなり昔の放送のネタ(小松政夫の偽黄門でっち上げの件)をひきずっていたにもかかわらず、 助さん格さんの年齢設定は若くなっているわけで。
 その2。里見黄門には助格はいらないのではないか。
 一人で旅をするのも何だから、助格はいるには限るのだが。あまり用心棒としての役割を果たさなくなっているような。 里見浩太郎が一番立ち回りがきれいな気がする。いかんせんキャリアが違うから。
 その3。一番腹黒いのは黄門様だ。
 水戸黄門といえば、殿様はいい人で、その腹心が腹黒く殿様を出し抜こうとするのが定番だ。悪役達は悪役だけにあくどい。 ……が、どう考えても一番腹黒いというか、嫌らしい手を使うのは黄門様なのである。自分の身分を知らせるために印籠を出すにも 「これがたばこ入れ。これが紙入れ。これが印籠」ってな具合で、なぜ、一番始めに印籠を出さない!?
 さりげなく身分をアピールする様は誰よりもあくどいのである。
 月9などと巷では言われているが、私にとっては月8なのである(←本池上所も見る人)。
2003.12.13
ボタンを押す任務
 すっかり忘れていた かおぱらランキングの結果が出たらしい。
 ちらほらと、投票してくださったかたがいたようで感謝感謝。

 朝、妙な夢を見て目を覚ました。
 昔々エレクトーンを習っていた。足が短いのにエレクトーンをやっていたのは、かなりチャレンジャーであったと 我ながら思う。
 エレクトーン教室もといヤ●ハでは、年に一度発表会があった。発表会といっても、アンサンブルだから気楽なものだ。
 ワタクシ、そのエレクトーンの発表会の夢を見た。
 現在の自分が自分の出た最後の発表会にいる設定だった。
 ピアノと違ってエレクトーンというのは機械であり、ズンタッカとリズムをならすことが可能である。リズムがあると曲がそれなりに 立派に聞こえるし、全体のリズムを合わせるのにもありがたい。
 最後の発表会にて私はそのリズムを鳴らす(といっても、ボタンを押すだけ)の役であった。キャリア長い組にいた上、 一番最初の音を私が出すのだから妥当な役回りであったといえよう。自分たちの発表の開始のカギはすべて私が握っていたのである。
 はてさて、夢の中。舞台に出てみたものの、なぜか目の前には横に長いピアノ風のものが。
 これじゃ、リズムの開始ボタン押せないよ。
 真っ先にそれを考えた私は生粋のエレクトーンっ子か。
 全員自分の位置に座ってみたものの、リズムのボタンなきゃ何も始まらない。たかがボタン。されどボタン。
 しかも、もう一つ困ったことがあった。
 舞台は10年前でも、存在する私は現在にいるのである。
 10年も練習してない曲が弾けるわけない。
 しかし、周りの雰囲気はとっとと演奏始めろというオーラが。
 ええいっ、しょうがねえ!
 そのまま勢い的に最初の音の鍵盤をたたく楠沢。
 演奏開始。
 ところが、他の人の演奏している音が聞こえない。
 ……なぜ!? アンサンブルは人の音が聞こえてなんぼよ。
 私が正確に自分のパートを演奏できたならば、そのまま演奏すればよかったことだった。しかし、いかんせん10年以上も 弾いていない曲。弾けるわけがない。弾けたらそれこそドリームの世界だ。
 手をもたつかせていたらすっかり他の人がどこを演奏しているのかわからなくなった。
 でも、引かなきゃという脅迫概念にとらわれ、適当なところから演奏を再開する楠沢。
 もう、しっちゃかめっちゃかであった。
 頭が完全に混乱したところで覚醒。
 夢を見るといつもろくな目に遭わない。夢を見るのはあまり好きでないのである。
2003.12.10
風邪の強い日
 カコ●ール様は偉大な方だったようで、私の風邪もだいぶよくなってきた。
 昨日は何かと残念なお知らせが舞い込んできた日であったが、谷あれば山ありとはよく言ったものですな!(←山あれ谷ありでは?)  今日は嬉しい知らせが2件も舞い込んできた。
 1件目は友人の就職が決まった。
 ちんたら就活を続けていた友人Tはやたら就職先にこだわりを求めていたため、このままでは「家事手伝い」(昔、家政婦のこと だと思っていた)で朽ちていくのではないかと皆が心配していた。それがどうやら行き先が落ち着いたらしい。
 2件目は友人が退院することになったらしい。
 近頃ぽっきり連絡が取れず、もしや入院してるのかしら? と心配していた友人Sが案の定入院していたのだが、 退院することになったらしい。で、皆で会おうと。やっぱり、一人欠けると淋しいし、全員が一番なのである。
 波瀾万丈2003年。最後まで何が起こるかわからないのである。
2003.12.08
風邪の強い日
 風邪悪化(爆死)。
 昨日はかなり寝ていたのだが、夜は咳が出っぱなしでよく眠れなかった。故に風邪悪化。
 安静にしていれば問題がないが、一度咳が出るとまあ、見事に止まらない。そのうち涙までぼろぼろ出てきて、「し、しぬぅ」 とか思いながら必死でのど飴の袋を開けている次第である。
 風邪を治そうと心に誓ったのは昨日のことだったはずなのに。
 風邪薬は症状を見かけ上ストップさせるだけで風邪そのものを治してくれるわけではないから、あまり飲みたくないのが本心。 しかし、このままでは私の免疫系がうまく働いてくれないのも明らかであった。ついに薬に手を染めることを決心。
 いつだかどこかでパブ○ンは効かんとぼやいた記憶があったため、問答無用で却下。 一番安かったのはロー●製品であったが、例によって目薬関連でロー●にはイヤな経験があるため却下。結局、そこそこ 名が知れていて、特にイヤな想い出のない会社の製品を購入することにした。裏見てもよく違いがわからないし。
 帰宅途中、複数の友人に「インフルエンザの予防注射受けた?」と聞かれたことを思い出す。ワタクシ風邪は引いてもインフルエンザ とはおつき合いしたことがないため受ける気も更々なかった。そこで思い出す一つの事実……。「購入した薬、主成分が アセトアミノフェンじゃない」。確か、今年の2月あたり、インフルエンザにかかった人が解熱鎮痛剤を飲んでいろいろ問題が起きたよ うな。そのとき「アセトアミノフェン飲めよ」と言っていたのを思い出したのである。
 ううっ、何という偶然。
 予防接種の話が出た日にアセトアミノフェンnone配合の薬を購入。これはもしや……何かの因縁が働いているのか!?
 今はともかく、2月頃にインフルエンザにかかってうっかり今日購入した薬を飲んでしまったら……。
 「ううっ」とのどを押さえて苦しんでいる自分を想像する。
 自分は購入する薬を失敗したのではないかと、不安になってきた今日この頃。
 先日もひどい腹痛におそわれては「ううっ、この痛みにも耐えられないのだから、私はきっと陣痛に耐えられるはずがない。 母って偉大なんだ」と思ったり、咳が出てひどいのどの痛みにおそわれたときには「ううっ、咳が出るだけでこんなに痛いのだから とてもじゃないが、喀血などできない」と思っていたりしていた。
 私の場合、どうも論点がずれているようで……こんなことを考えているうちは大丈夫であろうという結論に至った瞬間であった。
2003.12.07
風邪と共に去りぬ
 木金土と家に寝るためだけに帰る日々を続けていた。特に金土は帰宅が12時などというチャレンジャーな生活を 送っていたため、このぼや記を書くどころではなかった。いかんせん楠沢氏、普段の睡眠時間が12時である。
 思えば今年は一年の4分の1は風邪っぴきだったような……(遠い目)。
 免疫力もそれなりに低下してきているのだろうが、明らかに生活リズムが乱れているのだから馬鹿としか言いようがない。 人より風邪を引きやすい質で、どうすると風邪を引くかわかっているにもかかわらず風邪を引くのだから馬鹿だ。ああ、自業自得 だともさ。
 「健康維持」という唯一の特技(!?)が揺らいできている。私が面接でいえる特技はこれしかないんだよ。
 特技云々の前に週末までに風邪を治しやす。目下の目標。

 昨日は発表会があったのだが、皆に「教授に勝ってたよ」と言われた。教授の暴走トークに勝る暴走をした覚えはないのだが。  2つの実験方法について(結果が異なる)違いは何かと聞かれた。これに関して一般に答えは出ていない。故に 「私(なんか)の意見で(を申しても)いいですか?」と謙虚な気持ちで聞き返したのが、周りには「私の意見を言っちゃってもい いんですね?」と強気発言に聞こえたらしい。悲しいことに感情が言葉に表れない楠沢氏なのである。
 ところで、私のプリントには名前のうしろに異物が含まれたものが4枚に1枚の確率で含まれていたのだが、誰が取ったのだろう。 自分の名誉のために言っておくが、異物を入れたのは私ではない。
2003.12.03
アクティ〜
 今一番やりたいことは? と聞かれたら、こう即答する。
「快速アクティに乗りたい」
 ローカルネタなので、補足をしておくとアクティとは緑とオレンジ色で有名な東海道線を走る2階建てのきれいな電車のこと。 きれいな車両は一般に特急料金を払わないと乗れないのだが、アクティはあくまでも「快速」であるため特急料金なしで2階建て 車両を満喫できるという素敵な存在なのである。
 どれくらい素敵な存在なのかというと、高校時代友人がきれいな車両(つまりアクティ)に乗りたくて、来た電車にふらりと乗ったら 熱海方面の特急だったというくらいである。思わず特急に乗ってしまうほど、高級感があり乗り心地がいいのだろう。 実際、乗り心地の評判はよい。
 もしかしたら、夢が実現するかもしれないということで浮き足立っている楠沢である。
 ちなみに、うっかり特急に乗ってしまった友人。本当は熱海とは反対の川崎に行きたかった。
2003.12.01
もしかして……
 なんだか、風邪を引いたようだ。
 冬になると毎朝のどが痛くなるのが日課なのだが、昼になれば治るはずののどの痛みが取れず、なんだか背中や節々は痛いし、 辛いもの食べても辛くないし、もしやこれは風邪!? と気づいたのが昨日の夜。
 私にとってのどの痛みは風邪の症状ではないため、気づくのが遅れた。熱が出ているわけでも、咳が出るわけでもないから 特につらくはないのだが。やっぱりいつもよりかはぼーっとしているようで、周りに「大丈夫?」と気をつかわせてしまった模様。 全然大丈夫なんですよ、気分的には。ありがとね。
 そゆわけで、どうやらこれから数ヶ月、家ではマフラーおよびマスクの装着が基本となりそうだ。
 最近、踏んだり蹴ったりな気がしなくもないが、ホントに気持ち的には元気なので。
 気づけば師走。
 クリスマス…は今年もないので、忘年会の季節ですな(ニヤリ)。



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